『serial experiments lain』 考察メモ(1) 英利の計画とその周辺


 無謀ですが、アニメ、『serial experiments lain』の考察をやってみました。久しぶりに何話か見返したので。

 

 記事は全部で3つになる予定です。(1つずつ書いていくつもりなので、もしかしたらあとになって書き換えるかもしれません)


 本記事では英利の計画周辺、つまり、本作のSF的な部分の考察をします。
 SF要素が本作にとって決定的だとは思えず、どちらかと言うと本筋からは外れるうえに辻褄合わせがとてもむずかしいですが(結局いくつも恣意的な仮定を入れました)、それでも無しで済ますというわけにはいかないので、まずこの記事から始めたいと思います。


英利の肉体観(参考)

 最初に、参考のために英利が肉体に対して抱いているアンビバレンツな態度について確認します。あくまで参考なので、面倒なら次節まで飛ばして頂いて結構です。

 

 人が肉体を捨てようとする動機は色々あります。たとえば、病気でつらいとか、歳を取って醜くなるのが嫌だとか、容姿に自信がないとか、永遠に生きたい、などなど。

 

 これらが前提にしているのは、「人間には肉体と魂があって、魂のほうが本質的である」みたいな考えです。ある人間を規定するものは魂であって、非本質的な延長である肉体は人間が「本当に、本来的に」生きるのには必要がない。だから、それが害をなすのなら捨てても問題はない。みたいな考えが今挙げた例の根底にはあるわけです。

 

 英利政美の肉体忌避も基本的にはこの延長上にあります。しかし、そこには少しだけ異なった観点が導入され、それが彼の持つ両義的な態度につながります。

 

 では、彼の考えを見てみましょう。

 

「人の肉体はその機能の全てを言語化し、唯物論の用語によって余すことなく記述することができる。肉体も機関に過ぎない。その物理的な制約が人の進化を留めているのだとしたら、それは人という種の終わりをいもしない神によって決定づけられているようなものだ」
(12話)


 ここでいう「唯物論」は、「機関」と彼が言っているように、「決定論」という意味で捉えて問題ないでしょう。

 

 これは、ざっくばらんに言えば物理的運命論です。たとえば、私達の身体は脳を含めて全て原子でできていますが、原子というのは要するに物理法則に従って動く小さなボールなので、初期配置さえわかってしまえばその後の動きは完全にシミュレーションできます(=「唯物論の用語で記述する」)。私たちは普段自分の意志で行動しているように思えますが、この見方からすると、実際は身体の分子が勝手に物理法則に従って動いているだけなので、意志や自我なんてものは幻だということになります。

 

 さて、彼はこのような唯物論を、「進化」を留めている「物理的な制約」とみなしています。そして、肉体から開放されれば「進化」できると考えています。そして、彼はその「進化」を目指すわけです。

 

 しかし、このような態度は一見すると妙です。というのも、

 

  •  もし物理的世界が上位だとすれば、先程の「意志」の議論と同様に、英利の「進化」への行動すら最初から規定されていることになる。なので、もし本当に進化できるとすれば何かしらの形で人間の自由意志が保証されなければならない。実際、ケンジントン実験などで超能力の存在自体は認められている。(12話で玲音が英利に対して反論しますが、この話とそれとは直接関係ないと私は思っています。この場合は「いもしない神」によって決定づけられているだけで、神の存在はでてきません。12話の問答に対する私の解釈は次回説明します)
  •  しかし、自由意志が完全に保証されるのなら、物理的現象はその反映に過ぎない。物理的な現象は人の意志に完全に服従しているのだから、人間が物理的な現象に規定されるというのは変だということになり、唯物論が人間の進化を止めているなんてことは言えない。

 

 ということで、英利は、今現在のところ、人間が完全に物理世界に従属しているとは考えていませんし、かといって、人間の意志が物理的世界を完全に凌駕しているとも考えていません。現状、人間はほどほどに物理的で、しかし、一応の自由意志はあるということです。つまり、英利は肉体に対して両義的な態度をとっているのです。
(実はどちらかに完全に寄せて解釈することもできなくないとは思うのですが、話が複雑になるのでその方向で考えるのは諦めました)

 

 以下では『lain』のSF的な部分の考察をしてみようと思っていますが、そのとき「意識」や「無意識」という言葉が出てくると思います。しかし、私はこの言葉に対して内実を与えることはできそうにありません。とはいえ、無視するにはあまりに大きな区別なので、よくわからなくなったときはこの意識/無意識の対立を今挙げた意志/物理に置き換えてみてください。そうすれば少しはわかりやすくなるような気がします。

 

 本当なら、英利の使っている概念を分析して、このあたりの用語をしっかり統一するべきだと思いますが、その力は自分にはないことに加え、確証を得るのが非常に難しいので、下の考察では原作の表現に近いものを使っています。実際、必ずしも「意識/無意識=意志/物理」が成り立つとはいえず、場合によっては「本来的/非本来的」みたいな対立に置き換える必要もあると思います。「参考」としたのはそのためです。

 

英利の仮説

 さて、ここからが本論です。まず、英利が抱いてる世界観についてまとめます。といっても、彼の考えはほとんど正確だと私は思っているので、これは『lain』の世界設定の考察でもあります。

 

「橘総研の主任研究員だった英利政美は、地球を覆うニューラルネットワーク仮説をさらに進化させ、地球上の人間は全て、デバイスすらも必要なくワイヤレスネットワーク上に無意識下に配置されるという仮説を発表した」(9話)

 

 これが、英利の提唱する説です。

 

 内容はそこまで複雑ではありません。彼が言いたいことはこの言葉そのままで、つまり、人間の無意識は何もしないでもワイヤレスネットワークに接続しているということです。
(前節に書いたとおり、意識と無意識の違いについては気にしないことにします)

 

 繋がるためには何かしらの媒体が必要だと考えられますが、それが「シューマン共鳴」です。

 

「地球には、地球自らが持つ固有の電磁波が存在する。電離層と地表との間で、ELF帯に8Hzの周波数帯で常に共鳴が起こっている。これをシューマン共鳴と呼ぶ。この地球が常に放っているいわば地球の脳波は、人類にどれだけの影響を及ぼしているのか、未だにわかってはいない」(9話)

 

 要するに、人間の意識は8Hzの電磁波を用いて通信をすることができるということです。同じく9話でイルカが超音波によってネットワーキングを行っているという話がありましたが、これに近いです。そして、おそらく、これがワイヤードに変なノイズが紛れていた原因です。(もちろん、実際には地球上で8HZの共振電磁波帯があるからと行って、そこで通信できることにはならないと思います。なので、このへんは私の強引な解釈が入っています。しかし、脳波による通信というのに近いものはKIDSシステムでも実装されているので、全く間違っているということもないと思います)


第7のプロトコル

 以上のように整理すると、英利が第7のプロトコルと呼んでいるものの正体も何となくわかります。その前にまず、プロトコルについて簡単に説明します。

 

 本作でも言及している場面がありますが(8話)、プロトコルとは通信を行うための取り決めのことです。たとえば、郵便の場合は宛名と住所と郵便番号を書いてポストに投函することで相手に手紙を届けることができますが、これもプロトコルの一種と言えます。コンピューターネットワークにも似たような取り決めがあり、私達がとくに困難なく様々なデバイスで通信できているのはそのおかげです。そして、コンピューターネットワークで用いられるプロトコルの中で最も有名なものが本作でも出てきたIP(Internet Protocol)です。

 

 プロトコルが、「異なるデバイスでも通信できる」という機能を提供することを理解するのに重要なのが、プロトコル・スタックという考え方です。これは、インターネットのために1つのプロトコルを決めてしまうのではなく、機能を細分化、抽象化した上でそれぞれを独立の層に分け、下位のプロトコルブラックボックス化するように設計するという考え方です。たとえば、インターネットで一般的に使われているプロトコルの場合、以下のように分けます。

 

  • 「物理・データリンク層」(簡単には、物理的に繋がった隣接ノード間の通信。伝送媒体の違いも考慮する。Ethernetなど)

  • 「インターネット層」(「物理・データリンク層」で実現された隣接ノード間の通信は前提として、ネットワーク上の任意のノードから任意のノードへのパケットの配送を行う。IP)

  • トランスポート層」(「インターネット層」で実現されたエンドツーエンドの通信を前提として、通信の信頼性を保証する(TCP)。あるいはほとんど何もしない(UDP))

  • 「アプリケーション層」(以上で実現された通信の上にネットワークアプリケーションを作る。HTTPなど)


 上にあるように、IPというのは狭い意味ではインターネット層でエンドツーエンドのパケット配送を行うプロトコルです(実際は、インターネットのプロトコル全体を指してIPということもあり、本作ではこっちの意味で使われている気がします)。

 

 特に重要なのは「インターネット層」と「物理・データリンク層」を分けたことで、これにより、インターネット全体での配送の取り決めを変えることなく、物理的な伝送媒体を変えることができます。インターネット層のプロトコルからすると、隣接ノード間での通信を保証してくれれば、下のレイヤーの物理的媒体も、そもそもノードを何にするかの選択さえどうでもいいのです。(一般に、インターネットは電気的に情報を送信することが前提だと考えられているように思えますし、実際は殆どがそうなのですが、今言ったことからすると、極端な話、インターネットの物理層に全然別の媒体を利用することさえ可能です。たとえば、皆さんは今このページを見るためにインターネットを使っていますが、物理・リンク層として郵便を採用することも原理的には可能です。このような性質がインターネットが爆発的に普及した原因の1つです)

 

 さて、以上長々と説明してきましたが、これで英利が「第7のプロトコル」としてどういうものを考えていたのか何となくわかってくると思います。

 

 確認ですが、英利の提唱していた説は、「人間の(無)意識はシューマン共鳴という物理伝送媒体を使って通信できる」というものでした。だとすれば、第7プロトコルの「シューマン共鳴ファクター」とは、この意識間のワイヤレス通信を扱う物理・リンク層のプロトコルのことだと想像できます。また、おそらく人間の意識間の通信というものを試みた先駆者がホジスン教授とKIDSシステムで、英利はこれを参考にしたのだと考えられます。

 

「そう。仰る通り。アウターレセプターが受容した微弱な脳の電磁波をコンバートする、一種の脳の一部の機能だけを肥大化させたのが、KIDシステム、KIDSと言うものの正体さ」(6話)
「(子どもたちがプレイしているゲームに対して)しかも、アウターレセプターなど使わずして、現象を起こせるようにアップデータまでしてね。エミュレーションであそこまで広範囲に影響をおよぼせるとは、実に優秀だと言わざるをえない」(6話)

 
 最後に、このプロトコルでできることを確認してこの節を終わります。

 

 このプロトコルが可能にするのは、人間の意識がWWW(本作で言うワイヤード)に他のデバイスとの差別なく参加することです。我々が普段通信相手のコンピューターが何かを気にしないように、このプロトコルによって、人間の意識に対して、コンピューターに対するのと全く同じやり方で通信することができるようになります。具体的に言えば、たとえばブラウザのアドレスの部分には普通アクセスしたいページの場所を示すIPアドレスを入れますが、その代わりに誰かの意識に割り当てられたIPアドレスを入れれば、その人の頭の中を見ることができます(もちろんこれはものの喩えです)。これが、第7のプロトコルが可能にすることです。


lainとは何か

 さて、一旦話を昔に、作中でワイヤードが誕生する以前に戻します。

 地球上の恒常的な物理現象なので、そのときも依然としてシューマン共鳴は存在しました。つまり、人間の無意識はこの独自の伝送媒体を使って情報を交換することができたということです。

 

 しかし、これには当然限定があります。おそらくこのネットワークにはインターネットのように任意のノードから任意のノードへと情報を伝達する効率的な仕組みはありません。自然、人は繋がっているにしてもそれが大きな問題になることは、(たとえばケンジントン実験みたいに無理やりに何かを起こそうとしない限り)ありません。人々がつながっているにしても、それは非常にローカルなあり方だったと言っても構わないでしょう。

 

 さて、そこにワイヤードが、つまり、世界中を覆う電気的な伝送網ができるとします。英利の仮説によれば人間は無意識下にワイヤレスネットワークに接続されるのですから、非常に効率的で正確な伝送はできないにしても(そのためのプロトコルがないので)、無意識はより広範囲に、少なくとも以前よりは効率的に通信を行うことができるようになります。つまり、個々の人間の無意識がネットワーク上に現れ、奇妙な現象が起こり始めます。この個人の無意識が、おそらくは「lain」と呼ばれる岩倉玲音の一形態の元となります。

 

 ここで更にプロトコル7が導入されます。そうすると何が起こるか? 人の無意識がワイヤード(WWW)と完全にかつ効率的に接続できるようになります。すると、

 

「ダグラス・ラシュコフは、地球上の人間同士がネットワークで相互接続する事により、地球自身の意識をも覚醒させ得ると主張している」(9話)

 

というラシュコフのニューラルネットワーク仮説より、この無意識の接続により、1つの(一番上位の存在があるという意味で1つの)意識が創発します。

 

 話が前後しますが、英利はこの最上位の意識に前もって1つの入れ物を用意しておきました。岩倉玲音のことです。これにより、この意識を構成する個々の意識は遡及的に玲音の形をとることになります。これがlainの正体です。

 

(個々人の無意識と1つの最上位lainがあるのではなく、人の意識間の無数の接続ごとに1つずつ創発されうる意識があると考えるのが自然だと私は思います(数学的に喩えると、人類の意識全体を1つの集合としたとき、その冪集合の各要素が創発されうる意識になる)。このように、連続的に個人から集団、はては全人類までに至るという無意識観は、本作が参照したと思われるユング集合的無意識とも整合します。
もちろん、最上位の意識が完全にすべての部分を統合すれば、私達が手足を動かすように最上位の意識は下位の意識を制御することができます。(さっきの喩えでいうなら、冪集合の各要素集合間に包含関係によって定められる半順序関係が意識間の序列だということになります))

 

 個々人の無意識が玲音に統合される様子が特にわかりやすいのが8話で、「顔のない匿名の人々」→「玲音が自分の力を使ってサーチ」→「匿名の人々の顔に玲音の人形が刺さる(デュープ)」という流れになっています。

 

 この説を前提にすると、

 

「君は僕と同じさ。ワイヤードに遍在している。だから、どんなところにも、誰のところにも君は側にいたんだ。人に見られたくない事も君は見つめていた」(8話)
「君は元々、ワイヤードの中で生まれた存在なんだ。ワイヤードの中の伝説。ワイヤードの中のお伽噺の主人公ーー」(10話)

 

という英利の発言も理解できるような気がします。

 


英利の計画

 実のところ私は英利が何を目指していたのかはよくわかっていないのですが、少なくとも「ワイヤードをリアルワールドの上位階層にする=人間を進化させる」ことを目指していたことは間違いありません。ここでは彼がどのようにしてこれらを達成しようとしたのかを簡単に素描します。

 

「人は進化できるんだよ。自分の力で。
そのためには、まず自分の本当の姿を知らなくてはいけない。君は自分を何だと思う?人と人とはもともとつながっていたのさ。僕がしたことはそれを元に戻しただけにすぎない」(12話)

 

 一番最初のところで軽く触れましたが、彼は、人間が肉体に囚われ、唯物論的な言葉によって規定されてしまうことをさして、「人間の進化を留めている」と言います。しかし、彼は人間は進化しなければならないと考えています。詳しいことは次回説明する(予定)ですが、彼は、人間に対する根本的な規定を、書き換え不能な物理的なものから、書き換え可能な情報的なものに置き換えることができるのだと考えます。(あるいは、人間とは本来的には情報的な存在だったと主張します)

(彼のこのような考え方は「きおくにないことはなかったこと」(13話)、という主張にまとめられます)


 それと同時に、彼は、ワイヤード上ではある個人が神になることさえ可能であることに気がつきます。

 

 もちろん、「世界を司る万能の支配者」(8話)や「世界の創造主」(8話)になることは不可能です。しかし、普遍として存在し、影響力を及ぼす事のできる存在であればなることも不可能ではないのではないか? 具体的には

 

  • 普遍として存在 → 第七プロトコルに自分の情報をプログラムする

  • 影響力を及ぼす → 情報をプログラムすることでワイヤード上のあらゆる通信に鑑賞できるようにする。

 

という手段によって、今挙げた神の定義を満たすことができるのではないかと考えたのです。

 

 では、上のような手順でワイヤードの神になれば、彼の目的である人類は進化を実現できるのでしょうか? おそらくそうではないと思います。というのも、彼ができるのはネットワークに遍在してそこを流れる情報を制御することだけです。彼は人の意識に外側から働きかけることはできますが、最上位のlainがその下位意識を制御するような形で内側から働きかけることはできません。

 

 結局、彼がその目的である、「進化」=「物理的存在から情報的な存在への変化」=「集合的無意識の意識への変化」(=「非本来的なあり方から本来的なあり方への変化」)を行うためには、彼が上で言ったような形の神になることだけでは不十分で、最上位のlainの協力が不可欠です。人間の意識を本当に制御することができるのはlainだけなのですから。

 

 しかし、lainがそんな革命を実行してくれる保証などどこにもありません。では、どうすればいいのでしょう? そこで彼は次のよう考えたのだと思います。

 

 最終的には否定される仮象であるにせよ今現在は一応のところ「物理的拘束」は存在しています。ならば、これを逆用して最上位のlainを捉える事ができないだろうか? つまり、最上位のlainにあらかじめ肉体を与え、1人の人間にしておくことで、普段なら決して触れることのできない集合的無意識という存在に接触することができるのではないか? そして、その存在とコミュニケーションを取ることによって、彼の言う「進化」を実行するように仕向けることができるのではないか?

 

 このような過程を経ることで生み出された存在こそ、最上位のlainの肉体的ホログラム、すなわち「岩倉玲音」です。

 


 まとめましょう。英利の計画は以下の様なものです。

 

  •  プロトコルに自分の情報を入れることで彼の言う「神」になる

  • 最上位のlainを岩倉玲音という物理的な入れ物に拘束し、接触できるようにする

  • その上で、集合的無意識を意識に転化させる、すなわち、彼の言う「人間の進化」を実現するよう彼女に強いる

 

 

 

おわりに

 さて、英利の目的に関して素描することができ、物語世界の設定を概観することができたので、本記事はここで一旦終わります。大変なSF的方向からの解釈が一段落したので、次回はいよいよ、本作の要であるレインと玲音の区別と12話の英利と玲音の会話について考えていきたいと思います。

 

 非常に強引な解釈ですが、誰かの理解の一助になれば幸いです。

 

 


以下の記事を特に参考にさせていただきました。ありがとうございます。

 

shinozakichikaru.hatenablog.com